2009/9/9 水曜日

夏の思い出。今年もまたまた人吉花火大会!!

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 19:20:32

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家族の恒例行事。これは人吉で川遊びをして、麻里と2ショット。

今年も花火を観よう。球磨川河川敷。それも、打ち上げ花火の真下で。

万江川で泳ぎ・・・。(童謡に出てくるような風情だ!!)

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温泉に入り。

ウナギを食らい。白石のウナギ屋さん。下は飲み物のメニュー。流石は、焼酎の里「人吉」

減圧。常圧。芋。という分類は他には絶対ありえない!!

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花火を観る。マイクから協賛会社のコマーシャルが流れる人吉ならではの風物詩。

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隅田川の花火とやらも良さそうだが、田舎の花火はケタ違い。迫力の次元が違う。東京の友人を招きたいものだ・・・。

帰りの高速。子供らは爆睡。

あ!!ETC忘れた・・・。

2009/3/24 火曜日

阿蘇野焼き

Filed under: 家族の肖像, 気になる人と話題 — admin @ 18:43:55

dsc06224.JPG連休を利用して、これからスタートする浜田醤油蔵観光のイメージを描こうと、先進地である大分の湯布院を視察に行く途中の出来事!!

突然・・・。ばちばちばち・・・。地面が揺れるほどの火の勢い。間近で見ると、火の爆音の重低音が空気を伝わって体に響く。まるで、自然のウーハースピーカー!!灰が舞い、煙で目が痛い。熱風で肌がじりじりと焼くように熱い。

飛び火・・・。車道を炎が瞬間さえぎる。

dsc06225.JPG子供たちも、あまりの迫力に、固唾を呑む・・・。

熊本に居ながら、実は生まれて初めて、野焼きをライブで見た。

隣の大分では、野焼きで死亡事故があったばかり・・。

草原を守るため、責任感に満ちた野焼き支援ボランティアのみなさん。関係者のみなさん。お疲れ様です。

真っ黒になった草原を目の当たりにして、私の後頭部と前頭部の髪の生え際を触りながら、一句。長男が詩を読む。

「野焼きして、パパの頭も、毛が生えろ・・・」

dsc06228.JPG野焼きのエネルギーを一身に受け、われわれ家族一行は、定点観測をすべく1年ぶりに先進地「湯布院町」へと向かったのでありました。お彼岸の最中。湯布院はどのように僕らを迎えてくれるのか??

亀の井別荘の天井桟敷売店、ムラタ、などなど見所には耐えないが、いざ自分がいよいよやる。となると目線も変わる。見方も変わる。気づきも変わる。

今何をなすべきか?蔵はどうあるべきか?を探す旅になりそうだ。

2009/1/5 月曜日

正月のしつらえ。

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 16:17:49

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しつらえを担当するのは、ずっとこれまで母である。

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屠蘇も私が生まれてからずっと変わっていない。〇に久は、浜田家の家紋らしい。

子供たちも少し大きくなり、元旦早々、屠蘇をおかわりした。

数の子もペロリと平らげてしまった。しゃりっしゃっ・・と口の中で小刻みに音を立てる。味付けも昔のままである。

雑煮を行儀良く、食べる。  味付けも昔のままである。もちろん母上がこれまで担当している。

子供たちも成長し、親も年を重ね、そのまた親も年を取り、だんだんと親から子へのバトンタッチが身近に感じてきた・・・。

伝統。

歴史の中で、形成されてきた種々の形態のなかから、特に重んじてきた継承すべきもの。しかし、型にはめるのではなく、様々のことにチャレンジし、更なる高みを目指し、ますます自身に磨きをかけていくことで、その素晴らしさが再確認できるような気がする。

設(しつら)えには、再確認できる様々なものが凝縮されていました・・・。

要するに、母はいつまでも、偉大である。

2009/1/2 金曜日

親子3代 新春フライト

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 16:53:03

dsc05650.JPG初日の出の様子。

7時15分の初日の出を目指して、テイクオフ!

今年は、羽ばたくぞ!飛躍の1年にしたい。そんな熱い願いを込めて、父の所有するエアロスバルで、初日の出フライトへ。

父に似たのか、三半規管が強い長女の麻里を連れて、親子三代。いざ兎年飛行へ!!

上空は雪。

目標は金峰山でしたが、残念ながら雲で近づけませんでした。

しかし、日の出は、厚い雲の間から一瞬覗いた・・・。無事に拝むことができました。

dsc05652.JPGコックピットからの日の出。

小島の工場を低空で飛行したのち、市内を遊覧して、朝日に向かって、熊本空港に到着したのは7時50分でした。40分ほどの飛行時間でした。

われわれの到着を待っていたかのように、東京行きのJAL便が飛び立っていきました。

とてもすばらしい元旦でした。父と娘に感謝しています。

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無事に帰還したよ。と3人で。地上も雪が舞っていました。

2009/1/1 木曜日

あけましておめでとうございます

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 9:53:20

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新春のお喜びを申し上げます。

ハマダの味にカオリをプラスして11年。

味に深みとコクが出てきました。

渋みを子供たちの笑顔でまろやかに、そして 熟成を重ねて参ります。

平成21年 元旦

撮影は、いつもの・・平居 和芳さん(平居フォトスタジオ)

2008/12/26 金曜日

クリスマス イン 浜田家

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 18:31:25

dsc05623.JPG毎年たくさんのお客さんが来て下さいます。3回目を迎える今年も盛況でした。

dsc05576.JPGこちらは何の関係もありません.同姓ですが・・・本当にまったく関係はありません。人形町にある三ツ星料亭。「浜田家(はまだや)」さん

まだ中に入ったことは、もちろんありませんが、東京ミシュランガイドの栄えある三ツ星であります「浜田家」

生涯、一度は行って見たいものです・・・。今回は、人形町に出向いたついでに外観を見物という、まあ、所謂、おのぼりさん状態です。

さて、話はクリスマスに戻ります。

不況の最中、能天気な・・・とお叱りを受けそうですが、こんな不況だからこそ、気持だけは明るく!!と、22日に日頃の鬱憤を晴らそうと、ストレスでいっぱいのみなさんにお集まりいただきました。

私の場合は、70年代、80年代のヒット曲で、青春時代にトリップ。六本木だ、西麻布だ、いやいや渋谷だ、南青山だ・・・・などと、どうでもいい懐かしい時代を惜しむわけですが・・・。まあ 世代が異なる方々もおられるわけですが、そこは、どこかで聞いたような・・・名曲のレアグルーブに今日感?共感してもらうわけです。

ビートにあわせて小刻みに体が動いてしまうのですから、学生時代10年の習慣は恐ろしいものです。なぜか、女子は、いすの上に立って踊ってたりして、これまた、お立ち台の習性でしょうか・・・恐ろしいものがあります。

悲しんでも、落ち込んでも、暗くなっていても、来年の信じられないほどの不況はやってくるわけですから、こんな時だからこそ、元気に不況風を吹き飛ばそう!!とやせ我慢。

ローレンペリエのマグナムボトル(3リットル)が瞬く間に完食ならぬ完飲!!高級馬刺しもあっという間に空。霜の降り方からすると上級ものでしたが、私の胃袋には一切れも納まりませんでした・・・(とほほ)

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家ではどうだか?わからないが、人んちの台所では、妙に仲の良い森病院の若夫婦と、独身貴族の花のワタナベ君(右)。

みなさん。本当にありがとうございました。とても楽しかったです。

また来年も会社も個人も元気でありますように・・・・。

2008/12/25 木曜日

うさぎ狩り

Filed under: 家族の肖像, 気になる人と話題 — admin @ 9:35:34

今回は写真はありません。

付属小学校で100年以上も続く伝統行事であります。

14日早朝3時に起きて、学校に集合。父兄も自由参加ですが、PTAの役員を仰せつかっている立場上、参加することになったわけです。私自身は、付小のOBではないので、人生初めてのうさぎ狩りです。

校庭に掲げられた飾り火で出陣式を行い、そのままバスで1時間ほど大津方面へ移動。

「うーさーぎーおーいしかの山・・・・」 などとのんきではいられない。

狩りは4回。

初回は、まだ暗い中、無言で陣を張る。4年生から6年生までの360人が静かに闇夜に足音を立てずに陣を張る。

編隊が網を張り終える。

勢子隊が静かに狩場を囲む。

突撃ラッパが高々と鳴った。

やああああ。   と掛け声を一斉に上げる。

勢子隊が、追い棒をもって、「ちょい。ちょい。ちょい。ちょい」と掛け声をかけ見えない兎を追う。

1回目の狩りが終わるころ、ようやく夜明けで明るくなった。

第2の狩場へ移動。

「いたぞお・・・いたいた!!」

どこどこ??  探した瞬間にもごもごっと気配はあるが姿はなかった。脱兎の如く、人垣の隙間から、逃げた。兎もうさぎ鍋にされて食われまいと必死だ。

4回の狩りで、残念ながら今年は兎は1羽も狩れなかった。が、ダレル事もなく4回の狩りを成し遂げた生徒にとってはすばらしい目的体験となったに違いない。

目標はうさぎを狩ること。

目的は集団訓練で呼吸を合わせる。気持ちを合わせる。連帯感の訓練です副校長先生が語ってくれた付属の教育方針。とてもいい体験をさせてもらったと思う。

ちなみに勢子隊長が着る伝統の赤いちゃんちゃんこの裏地には、歴代の勢子隊長の名前とうさぎの狩り数が記してあるとか・・・。

それにもうひとつ。勢子隊長の役目は、ベテランの先生と思いきや、違う。付小新任の先生と聞いた。これまた、計算されたプログラムだと感心した。 ベテラン先生は現場に布陣を取る。生徒の扱いと、うさぎ狩りのコツをわかっているからだ・・・。

夕方4時ころ帰宅できたが、風呂に入り、長女の麻里と、布団に落ちて溶けるように眠りに付いた。

ちょいちょいちょいちょい・・・・。

夢で叫んでいた自分があった。

うさぎ狩りの掛け声が、なぜに、ちょいちょい・・・なのか?不思議であります。

2008/11/26 水曜日

七五三

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 9:14:15

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dsc05419.JPG十禅寺の平居写真館での一コマ。

今回は、ちょっと家族のこと。記念写真を残そうと、写真家の平居和芳さんにお世話になる。

数え齢で、3歳4歳を迎えると、熊本では七五三で祝う。数えで3歳のときは、髪置(かみおき)と言い、ひとつ身の産着を着せる。

数えの4歳は、紐解(ひもとき)だ。帯を締める。 早く厄晴れをして、丈夫に育って欲しい・・という思いからか、七五三は、これで終わる。7歳も5歳もしないのが熊本では、昔からのシキタリ。

dsc05416.JPG末娘の悠里が七五三を迎えた。

さあて、着物が問題。というわけで、我が家も代々着物を引き継いでいる。

初代は、私の姉(珠実)が着た。昭和36年ころ、母が、祖母を連れて、火災があったあの大洋デパートで購入したものと聞いた。母にとっても初めての七五三ということもあり、祖母にとっても初孫ということもあり、相当奮発したようだ。

2代目は、姉の長女の枝里。着物は、枝里に引き継がれた。枝里は、今年から東京のホテルオークラに勤務している。三郎写真館で撮った20年ほど前の枝里の写真を見るに連れ、姉の娘と、わが娘とが重なる。

dsc05447.JPG 妻の実家で絶好調の様子

そしていよいよ3代目。たまたま悠里に引き継がれたことになる。代々3代。上質な着物は引き継げるからとてもよろしい。それに昔のものが上等のような気がする。1961年(昭和36年)物のビンテージだ!!

着物のことを少し書く。手描きの京友禅らしい。帯は青海波の模様の丸帯。ちょっとした自慢だと母が言っていた。緋色(ひいろ)の腰巻きも、なかなか艶がある。日本の伝統色の絶妙な朱色である。

dsc05448.JPG 姉の実家にて腰巻き姿。

本人も今日は主役とわかっているのだろうか・・・。身のこなしも、喋りも、やけにお淑やかで、色っぽい。特に意識しているのか・・・まばたきがヤケにスロー。口元もおちょぼ。  困ったものだ。

何はともあれ、無事に終わった。年賀状の写真も出来た。

着物を脱いだ途端に、やんちゃでうるさい末っ子に戻ってしまった。いつもの悠里が戻ってきた。

dsc05437.JPG 藤崎宮にて。

2008/9/30 火曜日

熊本大学教育学部付属小学校体育祭

Filed under: 家族の肖像 — admin @ 19:44:35

団結力は無限大。仲間とつかむ優勝旗!今年の体育祭のテーマ。dsc05035.JPG

21日(日)雨天のため順延となり、22日(月)仕切りなおしで開催された。

子供たちには2回体育祭があるようで得した気分だろうが、親は2回も弁当を作らねばならないから大変。

私の子供は長女も長男も1組。青団だ。組が同じでホットした。長男は、学年対抗リレーのアンカーを務めると聞いて、うれしかった。学年対抗リレーは学級から4名選抜される。

全学年のクラス対抗リレーはクラスNO1の俊足が6学年バトンをつなぎ、男女別でプログラムのオオトリだ。小学校とは言え、最後はなかなか大歓声で盛り上がる。

「今走ると何年生までと競えるかいな??」とPTAの親父たち・・。

「6年まで大丈夫やろ・・・」

「ムリムリ!!せめて4年生までやね・・・」

「マジね・・。ここ15年くらい全速力で走ったことなかね・・・。 」

PTA席は親父話で結構盛り上がる。

体育祭というと、技巧走より、いわゆる「ただ走り」がなんと言っても一番盛り上がる。と今でも信じている。

社会人になると、「使い走り」から始まる。俊足とあまり関係ないようだが、足が速いと、結構逃げ足も速くなり、瞬間的な状況把握能力は高まる傾向にあると思う。「ぱしり」も相手の予想をはるかに超える結果を出すと、「ぱしり」は重宝がられる。よもや、「ぱしり」から「かたうで」に格上げされるわけだ。

ともかく相手の予想をはるかに超える結果を出すのがカッコいい男ということになる。当然モテル!!

足が速いと、優勝に貢献できるので、当然モテル!!

「みんなの力で優勝できた。と言いつつも、実は・・・クラス一の俊足の俺が、絶対一番貢献できた・・。」と内心思え、「心でガッツポーズ・・・」単純だが、満足度は最高値に達するわけである。

逆に、追い抜かれでもすれば、面前の恥さらしとなり、生きた心地などしない。トラウマとなり、運動会が嫌いになったりもする。悔しくて夜も眠れない・・・。カッコよく走る友達が恨めしい・・・。でも、大人になれば、そんな思い出も乗り越えて一人前になるのだ。大いに競うべきであると信じている。

足が速くて、頭がいい。そんな男は、古今東西、無敵にモテル。不思議なことだが、足が速いと、顔もよく見えるから不思議だ。たぶん、全力疾走のときの真剣な顔が女ココロをくすぐるのだろう。ハートをワシづかみだ。

1年生の長男に聞くと、同級生の女の子をワシつかみしていると言ってはいるが、この分だと、そのうち、「ワシつかみ」されてミイラになるのも近い・・・・。

今年は3組。黄団が優勝した。

すでに次の目標は、11月秋の校内音楽祭に照準が絞られているからすごい。

関係者のみなさま。お疲れ様でした。

2008/9/4 木曜日

ウェイクボード初体験

Filed under: 家族の肖像, 気になる人と話題 — admin @ 20:52:35

pict0001.jpg写真は、左が安達君(あだち内科胃腸科院長)、真中のおちゃめちゃんが安達君の4歳の末娘さん。安達君の知人で、バイエル製薬の森川さんが撮ってくれました。

この歳になってウェイク??・・・・。と言わんでください。

一級後輩の安達君に誘いを受けて、はじめる事に・・。

夏休み最後の日曜とあって、子供たちも大ハッスル!!

ちなみに安達君。中学、高校の1つ後輩ですが、文武両道を絵に描いたような後輩です。ゴルフの腕前はハンディ2。スキーはインストラクター並み。剣道も有段者で、自治医大に進学。今は後を継いで、あだち内科胃腸科を開業している。

父が肝臓を患ったとき、地域医療センターでオペを担当してくれたのも彼だ。娘に話したら、

「すごい!そんなにえらいの?命の恩人?」と返ってきた。やはり古今東西お医者さんは偉いのだ。

バナナボートも初体験でした。

子供たち3人と大人3人でスタート。バナナが波に揺られて転覆!!なんとも子供たちにはたまらない様子。「きゃあ」と悲鳴にも似た歓声があがる。

再びチャレンジ。「みんなあ・・。曲がる時は曲がる方向に首を曲げるよ!!」と安達君。「なるほど。適切なアドバイスだ。」内心感心した。再び沈!「きゃああ」笑いすぎて鼻と口から海水を飲む。実は、バナナボートに乗るのが大変。乗った途端に反対側に転覆・・・。再び「ぎゃああ」の歓声。

ウェイクの様子??まあ初体験ですから、詳しくは勘弁してください。でも・・。名誉のために。一応立てました!!へっぴり腰でしたけど・・。

「あれだけ長く立てるなら十分だよ」辛口で有名な後輩から褒められた。

「小3と小5の僕の子供はびゃんびゃん出来ますよ。麻里ちゃんもきっと立てる。お父さんより上手だろ・・」と煽られる。

「ぼくは1回で立ちましたけど・・・。立つのは簡単だん。だけんみんなハマルのよ・・」と安達君。

「明日は手と足がパンパンですよ。ね!」と安達君と森川君。

麻里も3回チャレンジしたけど、もう少しというところで・・・・。丁度夕立が激しくなり、続行断念。

その晩の出来事。左足のひざが笑うと言うより、立つときに痛みが走る。おや?おやおや?冷やして寝ることにした。いやな予感。

翌日、痛みが取れず、かかり付けの天神整骨院(096-363-3388)へ。整形外科にはなぜか行きたくなかった・・・。

「捻挫です。緩んでます。全治1ヶ月というところですか・・・浜田さん。いい歳になって出来ないことをしないでください。思っているより20歳老化していると思ったほうがいいですよ。まあ、しっかり通院してくださいね。毎度有り。」 と先生。

さっそくメールで安達君に報告。

「9月27日の予定はキャンセルしときます。」医者らしい無機質な回答でした。

「ウェイクは安いって喜んでいたけど、アフターメンテナンスが高いから意味無いじゃん。」 と妻。

声に棘があった。鬼嫁の一言が一番痛い。

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