白川の石刎(いしばね)
亀の甲羅のように石を積み上げて作ったものを石刎(いしばね)といいます。
肥後城主、加藤清正が、治水、土木工事によく用いた工法で、河川水の勢いを弱めて川岸を侵食から守るための構造物だ。この小島旧白川の周辺には、4基ほどあったが、現在はこの一基だけが残っている。醤油蔵から徒歩1分のところに位置する。
なお白川は、昭和28年6月26日の大洪水を機に河川改修され、現在のように有明海に真っすぐ流れるようになりました。赤石の階段や石垣なども現存しています。
小島の船着場は、天保の頃より少し以前、小島の潟に長さ70間に及ぶ石段を赤石をもって積み重ね築道されたと言われています。
肥後唯一の港町として小島町は繁栄。白川、坪井川の水運を利用して島原、長崎、上方(大阪)向けへ肥後米などの物資を輸送盛んでした。小島町は米穀を収蔵する倉庫や問屋、商店が軒を並べており、積荷ご番所跡が千金甲や白川河口近くにも残っており、海運隆盛のおもかげを今に偲ぶ風情がどことなかく、どこかタイムスリップしたような気分にしてくれる。
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